ALMOSTBLACK 2021AWコレクションに寄せて
ALMOSTBLACKの2021AWコレクションは、デザイナー中嶋峻太と妻 、そして、白髪一雄(1924-2008)と白髪富士子(1928-2015)とのコラボレーションによって制作されている。これまで、イサム・ノグチや河原温といったアーティストからインスピレーションを受けてコレクション制作を行ってきたALMOSTBLACKだが、今回は初めて一雄と富士子という2人のアーティストの作品から影響を受けたコレクションとなった。本コレクションでは、ALMOSTBLACKのアイコンとも言えるミリタリーウェアが、二人のアーティストの作品を見せる場として機能しており、そのプリントの配置を中嶋の妻が決めているという。一雄の荒々しいフット・ペインティングや富士子のドローイングを大胆に配置したウェアに加えて、接(は)ぎの表現には、富士子の作り出した裂け目のように、わずかに揺れ動きながら力強く突き抜ける一筋の線が用いられた。
具体美術協会、ひいては日本の前衛画家を代表する一雄と、一雄との結婚を期に制作を開始し、具体のメンバーとしても活動した富士子の作品は、双方共に強いエネルギーを放っているという点で共通しているがその放出のされ方が異なる。一雄の、放射状に広がりながらもところどころに踏み込んだ痕跡が残る身体的なエネルギーのイメージと比較すると、富士子の作品は高い集中力が板の裂け目や和紙をむしった一筋の線に凝縮された、精神的なエネルギーの発露の形象だ。
1961年、一雄の評価がヨーロッパを中心に高まってきたことを契機として富士子は制作を停止し、以降はアシスタントとして一雄の制作に関わった。一雄に「一筋に絵の道を歩いてもらいたい」と考えた富士子の意思は固く、清々しかったように思われる。加藤瑞穂と池上裕子による日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイブによると、一雄は制作のなかで、その「やめどき」を富士子に尋ねたという。つまりこれは、一雄の作品の完成に富士子が深く関わっていたことを示す。一雄は、自身の制作を「2人でやらないと描けない」ものになっていったとも語っており、ここに白髪夫妻が呼吸するようにお互いを慕い合っていたことをうかがい知ることができるのだ。
ところで、才気あふれる2人によるパートナーの関係は、必ずしも一雄と富士子のように互いを尊敬し合い協働できるわけではない。小説『グレート・ギャツビー』などで知られるスコット・フィッツジェラルドには、ゼルダという妻がいた。夫と同様、文学的才能に長けた彼女も結婚後に自身の表現を求めて小説を書いたという。しかし、彼女の小説は、夫のスコットの名前かあるいは夫婦の共著として出版され、それどころかスコットはゼルダの日記を無断で自身の作品に使うなど、妻の文才を否定し盗んだことが知られている。
しかし、スコットと一雄の制作は、少なからずその妻たちの影響下にあることにおいて共通しているが、決定的に異なるものである。富士子が自身の作品で見せたように、彼女は一筋に一雄の制作を導いたのであり、そこには彼女の選択があり意思がある。また、一雄のフットペインティングの制作において彼を支える天井から伸びる一本の綱は、江戸時代の出産時に女性が息むために用いられた力綱を連想させもするし、やはり富士子の作り出す「一筋」を思い起こさせるものである。このように、言語の世界からはこぼれ落ちてしまうような呼応が、白髪夫妻の間にはあった。そして、まさにこれが、フィッツジェラルド夫妻が残念ながら手にすることのできなかった「阿吽の呼吸」ではないだろうか。
ALMOSTBLACKの2021 AWコレクション「A-Un/阿吽」は、これまでのコレクションと同様にインスピレーション源となったアーティストの作品の造形をモチーフにしている。そのうえで、夫婦の間にある不可視だが力強い結びつきをコレクションのコンセプトにおいて実現しており、まさにアートピースをまとうようなコレクションとなっている。ALMOSTBLACKの今期のコレクションも、そして、一雄と富士子の絵画も、夫婦間の信頼度を高めることで自由度を増した結果生まれたクリエイションである。そして、まさにそれは、アーティストとファッションブランドのコラボレーションの理想的な在り方なのである。
参考文献
ケイト・ザンブレノ『ヒロインズ』西山敦子訳、C.I.P BOOKS、2018年
宮地尚子『トラウマにふれる 心的外傷の身体論的転回』金剛出版、2020年
『日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイブ/白髪一雄オーラル・ヒストリー』加藤瑞穂、池上裕子(http://www.oralarthistory.org/archives/shiraga_kazuo/interview_01.php, http://www.oralarthistory.org/archives/shiraga_kazuo/interview_02.php)を参照、(2021年6月30日最終アクセス)